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結婚というもの。

March 24, 2018

母と祖母は折り合いが悪くて、毎日のように嫁姑戦争を繰り広げていたので、結婚なるものへの幻想は幼い頃から皆無。嫁と姑はうまくいくはずのないもので、こんなくだらん喧嘩でストレスを抱えるくらいならば、いっそ結婚なんぞせずに生きていったほうが100倍ましそうだというのが長らくの私の結婚観だった。

 

大人になってみれば、喧嘩の主な原因は、乳幼児期の感染症で心身両方に障がいを持つこととなった伯母のことで、理は母にあり、母が毎日戦う羽目になっていたのもやむなしと思える内容であったことがよくわかる。そもそも実家でともに暮らしてきた伯母が障がい者手帳を持っていることを知ったのは大学生になってからで、この時、それまで抱いていた伯母へのモヤモヤに名がついて、「あ~、そういうことだったのか」とストンと腑に落ちたあの感覚は、いまでも忘れない。

 

院生時代に知り合った夫と結婚して9年目。結婚で想定外だったのは、夫の家族が家族になるのは嬉しく喜ばしいことであるということ。

 

義母は行政マンとしてバリバリ働いた後、一年早くに退職して、日本女子大に入って福祉の勉強をするような女性なだけに、私がまた大学院に進学することを話すと好感触で、「人生は生涯勉強ですよ」なんて言葉をさらりとかけてくれた。嫁・姑というよりも、「ひとりの人間」として接してくれる距離感も程よい。スマートな女性だなといつも思う。

 

義父は数年前に倒れ、救急車で運ばれた病院でそのまま逝ってしまった。環境調査の仕事で全国を飛びまわる義父は、多忙で滅多に会えないレアキャラだったけれど、本当に自由な人で、大好きだった。植物や生き物に詳しい義父とアマゾンの奥地にみんなで旅へ行こうという夢は実現しなかったけれど、義父と知り合えたことも結婚の大きな副産物だ。

 

結婚は悪くないどころか結構いいものだ、というのが現時点での私の結婚観。

夫と結婚できたということ以上に、夫の家族と家族になれたことが嬉しい。

子どもたちがこれまた想定外にやってきてくれて、私たち夫婦の子どもでいてくれることが嬉しい。

 

それにしても、この文章を書きながら「嫁」と「姑」という漢字を見ていて、改めてうーんと唸る。女に家で「嫁(よめ)」、女に古いで「姑(しゅうとめ)」、か。てぇっ。

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