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January 26, 2018

1月21日(日)

新年初の富士北麓緩和ケア研究会。夫が仕事だったため、子どもらも連れて。子連れOKの会は本当にありがたい。とはいえ、どんなに小さくとも子どもらが「大人の会で大人の邪魔をしない」最低限マナーを守ることは大前提と思っている。よって、3歳の息子に若干の不安を覚えつつの参加。「お母さんのお仕事にいつもついていっているから、わきまえているわね」とのお言葉もいただいたので、まぁ許容範囲か?!でも次回はもう少し策を練っていく。

今回は、まず昨年末に当会が主催した内藤いづみ先生の講演会に寄せられた感想を皆で回し読みをして共有するところから始まった。富士北麓地域の方に、人生の最終章に‘在宅’、‘在宅での死’という選択があることを知ってもらうよいきっかけになったことを改めて実感する。声に出して読むというのがいい。お隣のはじめましての方の朗読がなにやら雰囲気あるなぁと思っていたら、普段から舞台で朗読劇などをされている女優さんで、本業だったかと大いに納得。

その後、参加メンバーが思い描く自身の最期について一人ずつ語る。

ある人は、自宅の庭に複数の死が近づいた人たちと寝転がっている、でも決して悲壮感はない、マザーテレサの世界のような最期を語る。またある人は、自身が思うようにはいかないのだろうけれどもそれをも受け入れていくことの大切さを説く。


私自身のこうあってほしい最期はというと、決してやさしい婆さんでもないのになぜか近所の子らがわさわさと集まってくる縁側で、本を読みながらそのままいつの間にやら死んでいて、いつものように遊びに来た小学生に「あれ、婆ちゃん死んでるじゃん」と見つけてもらう、というもの。いいよね、そんな最期も。

看護師Nさんの「逝き方は生き方」、本のタイトルからの「泣いて生まれて、笑って死のう」には皆、大きく共感してました。うん、本当にね。

富士北麓緩和ケア研究会の今年の目標は、もっと具体的なアクションを起こすこと。イメージができるようにと皆に配られたのはマギーズセンタージャパンのパンフレット。そこまで大きなことはできなくても、まちの保健室のような、地域の方がちょっと立ち寄って相談できる場所、困難を抱えている方がレスパイトできる場所を作れたら・・・。

というわけで、ちょっと関心あるかもという方、富士北麓緩和ケア研究会は毎月1回皆で集まって語り合う場を設けています。

次回は

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October 2, 2017

忍野にある慧光寺の住職(なぜか日本緩和医療学会学術大会のケアカフェでご縁がつながる。ケアカフェという試みをしてくださった大会長の有賀先生に深ーく感謝)にお声がけいただいて「富士北麓緩和ケア研究会」へ。

今回は、12月17日に富士北麓緩和ケア研究会主催で富士吉田市にて開催予定の在宅ホスピス医内藤いづみ先生による講演会の打ち合わせと日野原先生の最期のインタビュー映像を皆で視聴。

死への恐怖という人間のあるがままの姿を隠そうともせず、一方で持ち前の好奇心で客観的に死と向き合おうとする日野原先生。恐怖と好奇心の間で揺れる姿も、最期はこころからの感謝にあふれる姿も、やっぱり日野原先生らしくてすごいなぁと改めて思った次第。

12月の内藤先生の講演もいまから楽しみだ。

February 14, 2017

腹膜がんを告知されてから2年半。叔母が逝ってしまった。
 

お正月に私たち家族は帰省しなかったけれど、今年は親族の集まりに叔母も顔を出していて(低空飛行ながらも安定していて)元気やったと母から聞いて安心していた矢先の訃報。

急に痛みを訴えて病院へ駆け込んだのが5日の日曜日。そのまま入院し、7日に系列のホスピス緩和ケア病院へ転院してから1日ちょっと。あっという間、だけれど家族にとっては長い長い4日間だったと思う。この間、2人の息子たち(私にとっては従兄弟)と叔父が交代で24時間叔母に付き添い、小さな子どもを2人抱える従妹も車で1時間の自宅から何度も往復し、わが父母含め親族たちもできる限り叔母の側に寄り添った。

叔母を見送って改めて感じたのは、ホスピス緩和ケア(病院)=最期の場所という認識の根強さ。結果的に叔母がホスピス緩和ケア病院にお世話になったのは2日間。主治医から「長くいる人もいれば、そこから戻ってくる人もいる。決して最期のためだけの場所ではない」と勧められても頑なに拒み、主治医の説得や実際に見学に行く中でようやく'緩和ケアとはどんなものか'という認識を改め、「次の抗がん剤治療を受けたらお世話になろうと思う」と話していたという。ちなみに、最期まで「死にたくない」と生きる希望を強く抱いていた叔母は、最後の最後まで抗がん剤治療を望んでいた。

叔母に限らず、叔母を緩和ケア病院に見舞った妹が耳にした、入院中の患者さんが病院内を歩いているのを見て、ほかのお見舞いの方が発した「一人で歩きよってん人もおらっしゃるとね」の言葉からも緩和ケア病院がどんなふうに認識されているのかがよくわかる。同じくがんで逝ってしまった幼なじみのお父さんもホスピス緩和ケア病院を勧められた時、「あそこにはいかん」とやはり頑なに拒んでいたというから、地域の人たちの緩和ケア病院への認識が伺える。

がんの痛みは適切にコントロールされるべきものだし、最期だけでなく初期から緩和ケア医療が適切になされるべきという認識が一般に普及してきていると思っていただけに、あぁまだまだなんだなぁと私自身も再認識。

それにしても。「闘病」という言葉には違和感があったけれど、叔母の2年半を振り返ると、穏やかな時間も楽しい時間もたくさんあったには違いないけれど、やっぱり「闘病」という言葉を当てはめてくなってしまう。特に最期の4日間はがんという...

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