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May 22, 2018

私が大学を一年休学して、ヨーロッパを遊学したちょうど20年前。

イギリス滞在期間6か月中、日本に帰る前の数週間だけ、語学学校に通いながら、ロンドンに滞在した。

日本ではバブルの残り香がまだ少し漂うその頃の、ロンドン市内の語学学校は、ほとんどを日本人学生が占めていた。100%日本人、という学校もあって驚いた。

日本人ばかりの語学学校で、日本人ばかりの寮に住み、一日のほとんどを日本語で過ごしている「留学生」の姿は、「あの人ら、なにしにきてるの?」とほかの国から来た留学生たちに呆れ顔で見られていて、私はロンドン中心からは少し離れた一番日本人の少なそうな語学学校を選んだ。あの頃一番の「お客さん」だった日本人の姿はたぶんもうない。

この前の大学院の授業の講師は経済学者の井出英策氏で、いかに日本が貧乏になったかを改めて認識した。私が成人式を迎えて、それと同じくらい生きたこの20年くらいの間に、日本は、どんどんどんどん、どんどんどんどん、貧乏になっていった。

収入でいえば1997年をピークに減少、世帯収入はこの20年で2割近く低下しているという。

つまり、日本全体が「お金持ち」だったのは、21年前。

一部の人だけお金持ちになっていくのに、全体としては貧乏になっていく。つまり、貧乏な層が拡大している上に、お金持ちとの差はどんどん開いていく。

たとえ`運よく’一見「お金持ち」の層に入れたとして、`運悪く’病気やけがで働けなくなりました、収入がなくなりました、なんてことにでもなったら、あっという間に貧乏の仲間入りができるのがいまの日本。

シングル家庭の経済は、「働いたほうが貧乏」で、生活保護世帯の経済のほうが潤ってしまうというのがいまの日本。

アベノミクスだなんだといったところで、潜在成長率は0%台、成長戦略ではアカルイ未来が描けないことなんて、もうみーんなわかっている。はず。(でも一部のお金持ちは、さらにお金持ちになれたかな)

"「だれかがしんどい」から「みんながしんどい」社会へ”

これはある意味フェアな社会?

もうそろそろこんなしんどい社会は終わりにしたいけれど、おそらく私もこの層に分類されてしまうのだろうと思う「弱者に優しい左派・リベラル」は、「置き去りにされた『中間層』」の気持ちを汲み取り損ねるばかりか、むしろ怒りや不満を増幅すらさせかねない。「弱者に優しい左派・リベラル」の言葉は、一番厚い層の人たちの...

March 17, 2018

昨日に続き、落合陽一氏の『日本再興戦略』より、リーダー論。

社会構造が非中央集権化するにあたり、求められるリーダー像も、これまでのマッチョで強いリーダー1.0から、リーダー2.0へと変わるという。

リーダー2.0の条件は、3つ。

1つ目は「弱さ」=共感性の高さ。

2つ目は「意思決定の象徴と実務権限の象徴は別でいい」=つまり何でも一人でできるリーダーである必要がない。

3つ目は「後継者ではなく後発を育てる」=「自分の後を継ぐ人ではなく、新しいジャンルや会社を新しくつくっていくような人材を育てられる」。

「リーダー2.0はバンド」とした上で、

「リーダー2.0に大切なのは愛されることです。カリスマというと憧れみたいな感じなので近寄りがたい。愛されるのはもっと貴重で、「この人が地球上からいなくなってしまったら、寂しい」という感情です。
 愛されるためには、「自分は何でもできる」と言ってはいけません。つまり、偏りのある人、ある分野にとても才能があるけれども、全然だめなところもあるような人のほうが周囲が手を差し伸べやすいですし、バンドとしてもうまくいきやすい」

と続く。

これを読んでいてまっさきに思い出したのが、目下おっかけをしている(主な取材対象である)藤沢市の『ぐるんとびー』、代表の菅原さん。

まさにリーダー2.0!(←※むっちゃほめてます)

菅原さんがリーダー2.0的であるだけでなく、ぐるんとびー周辺では、大企業の社員やベンチャーの経営者が社外取締役として関わっているとか、『日本再興戦略』に書かれているようなことが実際に起きていて、親和性が高いなぁと読みながら始終ぐるんとびーのことを思い出していた。

リーダー2.0が代表を務めるぐるんとびー、これからの展開がますます楽しみすぎる!

March 17, 2018

愉快。痛快。

たまたま駅地下の本屋で手に取った本著。

落合氏の本はちょっと手に取ったつもりが数ページめくるとレジに向かう羽目になって困る。

彼の本を読んでいると、ドーパミンがどばどば分泌されている感じがする(笑)

読中のワクワク感、読後の幸福感ときたら。

脳みそってこんなふうに使うんだなぁ。
真のエリートって、こういう人のことをいうんだなぁ。

悲観論でいっぱいの日本だからこそ、落合氏のような知性が登場してくるのだろうと思う。

彼の日本の現状把握と分析、描く未来予想図には、共感しかない。

英語教育一つをとっても落合氏は、

「発信する内容もないのに、英語を学んでも意味はありません。むしろ、グローバル人材という言葉が広がったことで、グローバルに話ができるトコロテンみたいな人(右から左に流すだけの人)が増えただけで、その分、実はコミュニケーションスピードが遅くなっています」(p59より引用)

と語る。

トコロテンって~(笑)

私自身は、英語を話せることよりも、それが英語であっても構わないけれど、深く思考できる(たとえば、落合氏の本を読みこなして、実際の行動に移せるレベルに思考できる)言語をひとつは持っていることが重要だと考えている。
ただし、英語だけという幅のない世界はくそつまらないし、日本語という言語が大好きなので、自身の子どもたちの言語も、最終的には自分たちが選択することなので強制はしないけれども、英語含めた他の言語よりも日本語であってほしいなぁとはうっすら思う。

この思考に基づき、いずれ翻訳機能が追い付いてくるとはいえ、現時点では英語を話せたほうがいいことは間違いないので、子どもたちにもある程度の英語教育は施すのだろうけど、それ以上に日本語教育を強化するのだろうな、たぶん。

大体、大学時代よーいドンで中国語を学び始めた友人たちが中国へ留学して、卒業後には仕事で使いこなすレベルで話せるようになったのを見てきたこともあり、言語はその気になればいつからだって遅くないという実感もある。

本当のところを言えば、「必要だと思った時に必要な言語を学べばいいんじゃない?」と思っている。

結局のところ、「重要なのは、英語そのものではなくて、発信すべき内容があるかどうかなのです」という落合氏の言葉に尽きる。

ほかにも共感痛感箇所は多々あって、いたるところに付箋だらけ。

「ホワイトカラーのおじさんたち」のくだりも...

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