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July 10, 2018

東京ビックサイトでの仕事を終えた夕方、新宿までのりんかい線。

新木場だったか、そのあたりで3人の息子と両親の5人家族が乗り込んできた。

一日中遊んで疲れ果てた模様の子どもたち。小1~2年生くらいの次男坊がグズグズ。

「◯◯君、次で降りよう。次で降りるか、降りないのか、どうするの」というお母さんの剣幕にとりあえずはグズグズを引っ込める。

ものの、ほかの兄弟にいじわるを言ってみたりなんぞして紛らわせている。

それに対するお母さんの「あなたがイライラ人にあたって、周りまでイライラさせるのか、それとも楽しく周りにもやさしくして、みんな幸せに過ごすのかはあなた次第で、選べる。さぁ、どうするの」的な内容を超高速の早口でまくし立てている言葉が。言葉が!

あまりにも既視感がありすぎてクラクラする。

なに、これ、デジャヴか?

おかあさん、正しい!正論!言っていること、ものすんごくよくわかる。てか、私かと思ったわ!

で、そんなときに夫によく言われる、「あなたは子どもには厳しいよね。私に話すみたいに冷静に話したらよいのに。そんな早口で言われても、子どもたちは何を言われているのかすらついていけないよ。もっとゆっくり話してあげたらよいんじゃないかな」って言葉が頭を過る。

こうやって第3者的立場から冷静に眺める機会があると、「うんうん、お母さんの言ってること、よくわかる!」なんだけれども、「うん、でもそんな早口の正論じゃあ、子ども逃げ場ないわ~」「余計なんかいじわるとかキーキーとか言いたくなるわぁ」ってこともよくわかる(-_-;)

小4くらいの長男くんがこれまたよくわきまえていて、非常によいお兄ちゃんっぷりなんだけれども、つい爪をかんでしまう癖があるらしく、こっちで次男坊に正論かましながら、あっちの長男に「爪噛んでるよ」と声が飛んでしまうあたりにもデ~ジャ~ヴ~。すぐさま「あ、ごめんなさい」と謝る長男の健気さがこれまた。

年中さんくらいの3男はちゃっかり抱っことかしてもらって、そりゃあ、次男、ますます「なんだよー、ずるいー」心からあまのじゃくにもなろうというもの。

ちょいと子どもの視点に立ってみれば、こんなにもよくわかるのに、なぜ母親って生き物は、というか、このお母さんと私だけかもしれんが、超高速で正論まくし立ててしまうのか。

お父さんが、そんなお母さんを否定することなく、子どもをフォローしつつもさりげにダメなことはダメ...

July 3, 2018

言霊っていうけれど、ことばって、本当に不思議で、たとえ相手からポジティブなことばを引き出したくって発することばだったとしても、そのネガティブさは、どんどんどんどん自分も相手も蝕んでいく。

ポジティブなことばをかけていた相手も、ネガティブさに引きずられていって、気がつけばネガティブことばのオンパレード。

そんなことが毎日続けば、ポジティブに肯定してほしかったであろうことたちが全部そのままネガティブに強化されてしまって、ネガティブな現在のその延長線上に、いつしか本当にことばが予言している通りのネガティブな未来がいとも簡単に実現してしまうのだろう。

娘の自己肯定感を高めたくっていろいろ試行錯誤していた母親は、このところ、そのネガティブことばの呪いの罠にかかりまくっている。

やっべぇ、やっべぇ。

ホント、子育てって教科書通りにはいかない。

June 2, 2018

ムスコに「おこりんぼかあさんはこわくないの?」と尋ねたらば、

「こわくなーい。かっこいい。今度から、かっこいい!っていう~」との答え。

ふ~んと流していたらば、数時間後、いつものごとく、またムスコがやらかしている。

「なにをやっているの!」と叱り始めたらば、「かっこいい~」とムスコ。

なんのことやらピンとこず、叱るのをやめてキョトンとしていたらば、再度「かっこいい~」

しばし考えて、ようやく、「おこりんぼかあさんに、かっこいいっていう」ってやつか! と合点がいく。

なんだろうこれは(笑)

叱っているのもバカバカしくなって、「どうしてこうなるんだっけ?」「こうならないようにはどうしたらいい?」と冷静に諭して、終了。

母親になってから、瞬間湯沸器のように、感情が瞬時にがちっとらわれてしまうことがままある。こんなふうにまったく想定外の方面からボールが飛んでくると、感情の間に思考が入ってきて、すーっと冷静さを取り戻しすことができるんだな(笑)

またひとつ勉強になりました。

これだから、こどもはおもしろいやね。

April 30, 2018

29・30日と2日間に渡り、グランドプリンスホテル新高輪国際館パミールにて、日本在宅医学会第20回記念大会。

以前から気になっていた顔ぶれがたくさん参加されていて、お腹いっぱい。

記事にしたい企画もいっぱい。

ほかの医学系の学会とは一味違う心地よさ、ユーモアみたいなものが感じられる日本在宅医学学会。これは在宅医始め、自分の病院というフィールドから、患者さんの住処=アウェイへと飛び込んでケアを提供する人たちが多く集まる学会ならではと感じる。

大会直前にHPを見ていたら、「育児との両立や多様な働き方について、気軽にお話ししてみませんか?みんなどうしてる?育児との両立、これからのキャリアプラン、働き方、様々な悩みを持っている方、情報交換しませんか」とあるのを発見。

当日飛び入り参加もOKということで、のぞいてみると・・・
ランチョンセミナーと違って、子連れでランチできる交流会って、子連れで学会に参加する親にとっては嬉しい試み。小さいのがうろちょろしていても、みんな子育て真っ最中の人たちばかりだから、「他人の子って可愛い~」となって、「子連れでごめんなさい」感ゼロ(笑)

「寝かせつけはどうする~?!」なんて、まさにいま私が知りたいよ!というような話題もあって、まさか医学系の学会で、「子育てに仕事に、さぁ、働き方どうする?!」なんてテーマで盛り上がれる交流会に出くわせるとは思ってもおらず、よい試みだなぁと嬉しくなった。医師という職業を選択する女性も増える中、「子育てに仕事に、さぁ、働き方どうする?!」は、もっともっとよりよきほうへアップデートされていいテーマだ。

April 28, 2018

さぁ、明日はUTMFのおにぎりボラ(ボランティア)だ~とひとり浮かれていたらば、朝方、息子が発熱体になっていることに気が付く。

苦しげな息づかいで、辛そうだ。

体温計で測ると、案の定、39℃超。

ヤラレタ。

ご近所でインフルエンザがひそかに流行っているともいうし、湿疹らしきものも出ているよう。

熱の高さからなんらかの感染症と私も既に保菌者である疑い濃厚と判断し、すぐさまPCを開く。小児科のネット予約と、UTMFのボラに誘ってくれた友人にボラドタキャンの旨を伝えるメッセを送る。

ところが、である。ボラをやるなら出かけねばならない9時頃にはあっという間に37℃台まで下がり、あの苦しげな様子からは一転、元気に遊んでいる。

湿疹と見えたものは、息子が虫刺されや森で遊んでできた傷がかゆくて、ひっかいて全体的に赤くなっていただけだったようで、すっかりひいている。

夫に「小児科、行かなくてもいいと思う~?」と相談すると、「行かなくても別にいいと思いますけど」というので、ひとまず、小児科はキャンセル。

あれ?車も使えるし、これ、もしかしてボラ行けたんじゃ・・・?

と思った矢先、「あとでちょっと図書館とプールに行ってきていいですか?」と夫。

このGW、前半はUTMFのボラに続き、日本在宅医学会第20回記念大会が2日間あって、3日間は夫が子守り担当。1,2日は子どもたちは通常通り小学校&森(のようちえん)。3~6日は子どもたちと私の3人は藤沢のぐるんとびーで夫はひとり時間。


夫のひとり時間を確保できるようにとの考慮もした上での計画ではあるものの、これ、どこまでも「私都合」の上に成り立っていることに変わりはない。

夫も私も結婚して子どももできてしまったけど、お互いにずーっとおひとりさまでもおかしくなかった部類の人種だし、むしろ「ひとり時間」がないとストレスが溜まってくる。

フリーランスの私は、子どもと夫を送り出してしまえば「ひとり時間」の確保は容易だ。取材のとき以外の時間は、ひたすらひとりぼっちで仕事をしている。

一方、夫は一日の半分以上会社で働き、週末も仕事が入りがちな私の代わりにがっつり子守りをしていることが少なくない。「ひとり時間」の確保という文脈では、夫婦間で明らかな「格差」がある。

しかも、夫は、「この日は自由にどうぞ」とあらかじめ自由時間がわかっていて、ひとり旅に出かけるとか大きなこと...

April 20, 2018

娘ちゃんの小学校には「自学ノート」といって自分から進んでお勉強しましょうねというノートがある。

基本放置プレイなので、何日もやってないらしいということも珍しくない。

たまにパラパラめくっていると、たまにツボにハマる。

 



ちなみに先生の答えは・・・

 

このゆるゆるさ加減(笑)

April 15, 2018

以前からずーっと気になっていた三嶋式ウォーターヒーリング。

友人・坂詰由貴子氏が三嶋式ウォーターヒーリングのモニターを募集していたので、子どもたちに体験レッスン(本当は私も一緒にやる予定が、月に一度の女の子の日がやってきて、断念)。

ガラス越しにずーっと見ていたけれど、娘も息子も始終笑いっぱなし。

ひたすら楽しそうに水と戯れておりました。

泳げるようになるというか、いざという時に水が味方をしてくれるくらいには仲良しになっておかないと死ぬな、ということをBaliのGreen SchoolのFamily Campでも大いに実感したので、子どもたちには「泳ぎ方」を教えてくれるところを探していたのだけれど、プール教室はいまいち私が乗り気にならず(-_-;)送り迎えも面倒だし。

そんなとき、由貴子さんがモニターを募集していて、飛びついた(笑)
からだをゆるめて、「水」と仲良くなる。

本当にそんな感じ。


由貴子さんは、「遊んでいるようにしか見えない。ちゃんと泳ぎ方を教えてください」なんてことを言われてしまうこともあると言っていたけれど、遊んでいるようにしか見えないのに水と遊べるようになるなんて、なんて素敵!という話である。別にオリンピック選手を目指すわけではないし、水への「怖い」という思いが自然と解消されて、水と戯れられるようになれればそれでよし。

わが家の方向性にぴったりの「ゆるゆるスイミング」。
しかも、講師とお互いの時間の都合を見つけて一緒にやれるのもありがたい!(平日は正直子どもの習い事にまで手が回らないので、週末に子どもたちと一緒の時間を過ごしながら、私のメンタル・ヘルスケアまでできてしまうというのは、一石二鳥すぎる)

三嶋式ウォーターヒーリングでは、障がいのある子どもたちに「エンジェル・スイミング」。車椅子でやってきた脳性マヒの子どもが帰りは歩いて帰ったなんてエピソードもあって、気になる・・・

April 12, 2018



最近というか昨年あたりから、伝記まんがにハマっている長女。

『スティーブ・ジョブズ』を読んでいるの見た時には、「現代っ子だな!てか、ジョブズもう伝記?でもまぁそりゃあそうか。ジョブズは伝記になるよな!」と、一人合点したものだけれど、『レーナ・マリア』とか『エリザベス・ブラックウェル』とか、ぶっちゃけ「誰だ、それは?」と初めて聞くような人物の伝記を読んでいることが多くて(私が知らんだけ??)、伝記まんがの世界が私が子どもだった頃より、はるかにニッチに射程範囲広く進化していることを知る。

ちなみに、

『レーナ・マリア』は、スウェーデン生まれのゴスペルシンガー。両腕がなく、左足も右足の半分の長さで生まれた彼女は、歌唱力だけでなく、水泳の才能にも恵まれ、ソウル・パラリンピックの水泳でも活躍。

『エリザベス・ブラックウェル』は、(「近代の科学的根拠に基づいた医学を勉強し、公的医師免許を取った女性として」)世界初の女性医師。

知らんがな!
でも、確かに彼女たちの人生は伝記たりうる魅力にあふれていて、私もついついつられて一気読みしていること多々(-_-;)


昨日は『ゴッホ』を借りて読んでいた長女、予想通り「ゴッホが自分で耳を切り落とした」ことに衝撃を受けている。

「なんでゴッホは自分で自分に銃を打ったの?」と聞かれたけれど、うまく答えられなかった。

「いのちはたいせつに」とか「じぶんをたいせつに」なんてことは、そりゃあ当然っちゃ当然なんだけど、ゴッホの切実さを前に、耳を切り落とさないことも自分に銃を向けないことも、そんな正論はなんだか的を外しすぎている気がする。

その「気がする」を子どもに伝えるのは難しい。


でも、こちらの質問になら、お母さんも自信を持って答えられます。

「伝記をたくさん読んだら、『伝記をたくさん読んだ人 ワカメ(※長女の愛称)』って、伝記になる?」

「伝記をたくさん読んだくらいでは、伝記にはなりません!」(笑)

March 24, 2018

母と祖母は折り合いが悪くて、毎日のように嫁姑戦争を繰り広げていたので、結婚なるものへの幻想は幼い頃から皆無。嫁と姑はうまくいくはずのないもので、こんなくだらん喧嘩でストレスを抱えるくらいならば、いっそ結婚なんぞせずに生きていったほうが100倍ましそうだというのが長らくの私の結婚観だった。

大人になってみれば、喧嘩の主な原因は、乳幼児期の感染症で心身両方に障がいを持つこととなった伯母のことで、理は母にあり、母が毎日戦う羽目になっていたのもやむなしと思える内容であったことがよくわかる。そもそも実家でともに暮らしてきた伯母が障がい者手帳を持っていることを知ったのは大学生になってからで、この時、それまで抱いていた伯母へのモヤモヤに名がついて、「あ~、そういうことだったのか」とストンと腑に落ちたあの感覚は、いまでも忘れない。

院生時代に知り合った夫と結婚して9年目。結婚で想定外だったのは、夫の家族が家族になるのは嬉しく喜ばしいことであるということ。

義母は行政マンとしてバリバリ働いた後、一年早くに退職して、日本女子大に入って福祉の勉強をするような女性なだけに、私がまた大学院に進学することを話すと好感触で、「人生は生涯勉強ですよ」なんて言葉をさらりとかけてくれた。嫁・姑というよりも、「ひとりの人間」として接してくれる距離感も程よい。スマートな女性だなといつも思う。

義父は数年前に倒れ、救急車で運ばれた病院でそのまま逝ってしまった。環境調査の仕事で全国を飛びまわる義父は、多忙で滅多に会えないレアキャラだったけれど、本当に自由な人で、大好きだった。植物や生き物に詳しい義父とアマゾンの奥地にみんなで旅へ行こうという夢は実現しなかったけれど、義父と知り合えたことも結婚の大きな副産物だ。

結婚は悪くないどころか結構いいものだ、というのが現時点での私の結婚観。

夫と結婚できたということ以上に、夫の家族と家族になれたことが嬉しい。

子どもたちがこれまた想定外にやってきてくれて、私たち夫婦の子どもでいてくれることが嬉しい。

それにしても、この文章を書きながら「嫁」と「姑」という漢字を見ていて、改めてうーんと唸る。女に家で「嫁(よめ)」、女に古いで「姑(しゅうとめ)」、か。てぇっ。

March 23, 2018

「住んでいる市の中学生が校舎のトイレで首吊り…いやー、美都ちゃんが娘ちゃんとバリに行った時にはへーっとぼんやりしてた私だけど、ほんと、子どもに、ここだけが世界じゃないんだよ、ってそうでもしなきゃ伝わらないかもなぁと。」

東京で暮らしていた時、ルームシェアをしていた大の親友から届いたメール。彼女も未就学児の母親だ。

ピカピカの小学一年生を無事に終えた娘が年長さんの時、教科書も宿題もない南アルプス小学校から八ヶ岳サドベリースクール、甲府にある私立の山梨学院小学校、果てはバリのGreen Schoolまで、いろんな小学校を見て回った。

日本の公立学校に蔓延していそうな閉塞感に危機感を抱いていたからだ。

これからの子どもたちが生き抜くための未来にカリキュラム対応していない。

英語やプログラミングという表層的な部分をいくら強化しても、中身がつるつるてんでは意味がない。
そもそも公立学校の職場は、周囲の友人たちを見ていても、長時間労働とクレーム対応に追われる超ブラック企業。働く先生たちの心身が健やかでなければ、子どもたちによい影響が与えられるはずがない・・・etc.

いろいろな学校を見て回った後に「どの学校に行きたいと思った?」と娘に尋ねると、「お父さんとお母さんの両方の傍にいたいから、近くの公立小にする」との答えが返ってきた。

私自身、Green Schoolの突き抜けたあり方を体感し、日本のどの学校を選んでも五十歩百歩に思えてむしろすっきりしていたので、娘の選択を尊重することに異議なし。

また、いろんな学校を見て回った結果、「どんな学校を選んでも結局は周囲の大人次第」というところにたどりついたからでもある。

環境はもちろん大事だ。与える影響は大きい。
しかしながら、たとえGreen Schoolを選んだとしても、子どもの近くにいる大人が従来の偏差値主義の教育観から抜け出せていなかったとしたら、子どもを測るものさしが変わっていなかったとしたら、どんなに素晴らしい環境も力を発揮できない。

大事なのは周囲の大人の姿勢なのだと痛感するからこそ、私は毎日人生を謳歌することに余念がない。大人になるのも悪くないよ、人生って結構楽しいよ、と。

そして、目の前にある世界がすべてでないことを伝えたいから、Green Schoolのファミリーキャンプにも参加すれば、ぐるんとびー(藤沢市の団地にある小規模多機能ホーム)...

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