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April 16, 2018

山梨県は富士北麓から東京寄りの大月あたりまでのいわゆる「郡内」と呼ばれる地区の認知症認定看護師による勉強会「ふじやまの会」というのがある。

年3~4回、中核病院で働く認知症認定看護師が集まって、情報共有したり、事例検討したり、研修会をしたりしている。

私も立ち上げから関わっている認知症カフェ「ふじさん」(隔月第3土曜)に顔を出してくれた看護師さんからふじやまの会のことを耳にし、第10回となる集まりに参加させてもらった。

すると、以前にふじさんに顔を出してくれたことのある看護師の方々の顔がちらほら。

国は地域連携を声高に叫んでいるけれども、実際に地域の医療・介護機関、行政、民間が連携プレーでまわっている地域と絵に描いた餅になっている地域との地域格差はどんどん広がっているように思う。

地域連携というにはまだまだ地域の資源はつながれていないし、認知症へのほかの医療職の理解が進んでいるかというとそうでもないかもしれないけれど、この地域の認知症認定看護師が集まって、自分たちで情報共有し合って、つながりをつくって、「目に見える関係性」をつくりあげているということは、この地域の認知症ケアをよりよいほうへアップデートしていくきっかけになるはずだ。


認知症カフェももっと有効活用できたらよいという話題も。
隔月とはいえ毎回出るのは難しいから、認定看護師が担当制で参加するようにする、年間のテーマを決めてもっと参加したいと思えるような内容にする、CATV等の媒体も使って周知するなどのアイデアをいただく。

こうした会があったんだなぁということが嬉しいし、地域の看護師さんたちの顔が見えてきたことも嬉しい。

医療・介護機関、行政、民間が連携した認知症ケアで先を行く目黒区だって、認知症の家族会の発足からいまのかたちを築き上げるまでに20年近く。地道な一歩を重ねるのみ。

April 15, 2018

以前からずーっと気になっていた三嶋式ウォーターヒーリング。

友人・坂詰由貴子氏が三嶋式ウォーターヒーリングのモニターを募集していたので、子どもたちに体験レッスン(本当は私も一緒にやる予定が、月に一度の女の子の日がやってきて、断念)。

ガラス越しにずーっと見ていたけれど、娘も息子も始終笑いっぱなし。

ひたすら楽しそうに水と戯れておりました。

泳げるようになるというか、いざという時に水が味方をしてくれるくらいには仲良しになっておかないと死ぬな、ということをBaliのGreen SchoolのFamily Campでも大いに実感したので、子どもたちには「泳ぎ方」を教えてくれるところを探していたのだけれど、プール教室はいまいち私が乗り気にならず(-_-;)送り迎えも面倒だし。

そんなとき、由貴子さんがモニターを募集していて、飛びついた(笑)
からだをゆるめて、「水」と仲良くなる。

本当にそんな感じ。


由貴子さんは、「遊んでいるようにしか見えない。ちゃんと泳ぎ方を教えてください」なんてことを言われてしまうこともあると言っていたけれど、遊んでいるようにしか見えないのに水と遊べるようになるなんて、なんて素敵!という話である。別にオリンピック選手を目指すわけではないし、水への「怖い」という思いが自然と解消されて、水と戯れられるようになれればそれでよし。

わが家の方向性にぴったりの「ゆるゆるスイミング」。
しかも、講師とお互いの時間の都合を見つけて一緒にやれるのもありがたい!(平日は正直子どもの習い事にまで手が回らないので、週末に子どもたちと一緒の時間を過ごしながら、私のメンタル・ヘルスケアまでできてしまうというのは、一石二鳥すぎる)

三嶋式ウォーターヒーリングでは、障がいのある子どもたちに「エンジェル・スイミング」。車椅子でやってきた脳性マヒの子どもが帰りは歩いて帰ったなんてエピソードもあって、気になる・・・

April 13, 2018

先日、とある特養の管理栄養士さんの取材へ行ったら、「介護人材不足が言われているけれど、給食を担当する調理師不足はさらに深刻」というお話を聞く。

最近、特養であれ、小規模多機能ホームであれ、グループホームであれ、どの形態の介護・障がい支援機関へ行っても、まず耳にするのが「人材不足」。

総務省によれば、2015年の生産年齢人口(15~64歳)は7629万人。出生中位・死亡中位で、2030年には6875万人、2060年には4793万人にまで減少すると推計されている。

私が80代の頃には、いまより3000万人近く働き盛りが少なくなっているということになる。

おなじみ?落合陽一さんの、日本のアジアでいち早く進む人口減・高齢化は、「高齢化社会に向けた新しい実験をやりやすい立場」にあり、「もし日本が、人口減少と少子高齢化へのソリューションを生み出すことができれば、それは”最強の輸出戦略になる”」というのには大いに賛同する。テクノロジーを使って、機械化・省人化を進めていけば人口減・高齢化に対処でき、日本は人口減・高齢化であるがゆえに、そのためのテクノロジーの実験・導入をやりやすい状況下にあるというのもその通りだと思う。

一方で、いずれそうなるとして、移行期にあるいま現在、どこもかしこも綱渡り的な現状をどう乗り切るのか。
現実的に、すぐにテクノロジーを導入して、実験ができる財力と胆力(もしかしたらむしろ勇気?)のある現場はたぶんそう多くない。

いや、そう思い込んでいるだけで、その思い込みを外しさえすれば、違ういまが見えてくるのだろうか。

取材をした特養だって、経口摂取維持のための栄養ケアに力を入れているとはいえ、平均要介護度4で「寝かせきり老人」の姿があまり見られず、胃ろうも2年に1件程度というから、特養に抱いていたイメージを変えるには充分。寝かせきり、胃ろう高齢者多数という特養のイメージは、本当に過去のものになっているのかもしれない。

私の思い込みを外すためにも、まずは現場を見ていかなくては、である。

April 12, 2018



最近というか昨年あたりから、伝記まんがにハマっている長女。

『スティーブ・ジョブズ』を読んでいるの見た時には、「現代っ子だな!てか、ジョブズもう伝記?でもまぁそりゃあそうか。ジョブズは伝記になるよな!」と、一人合点したものだけれど、『レーナ・マリア』とか『エリザベス・ブラックウェル』とか、ぶっちゃけ「誰だ、それは?」と初めて聞くような人物の伝記を読んでいることが多くて(私が知らんだけ??)、伝記まんがの世界が私が子どもだった頃より、はるかにニッチに射程範囲広く進化していることを知る。

ちなみに、

『レーナ・マリア』は、スウェーデン生まれのゴスペルシンガー。両腕がなく、左足も右足の半分の長さで生まれた彼女は、歌唱力だけでなく、水泳の才能にも恵まれ、ソウル・パラリンピックの水泳でも活躍。

『エリザベス・ブラックウェル』は、(「近代の科学的根拠に基づいた医学を勉強し、公的医師免許を取った女性として」)世界初の女性医師。

知らんがな!
でも、確かに彼女たちの人生は伝記たりうる魅力にあふれていて、私もついついつられて一気読みしていること多々(-_-;)


昨日は『ゴッホ』を借りて読んでいた長女、予想通り「ゴッホが自分で耳を切り落とした」ことに衝撃を受けている。

「なんでゴッホは自分で自分に銃を打ったの?」と聞かれたけれど、うまく答えられなかった。

「いのちはたいせつに」とか「じぶんをたいせつに」なんてことは、そりゃあ当然っちゃ当然なんだけど、ゴッホの切実さを前に、耳を切り落とさないことも自分に銃を向けないことも、そんな正論はなんだか的を外しすぎている気がする。

その「気がする」を子どもに伝えるのは難しい。


でも、こちらの質問になら、お母さんも自信を持って答えられます。

「伝記をたくさん読んだら、『伝記をたくさん読んだ人 ワカメ(※長女の愛称)』って、伝記になる?」

「伝記をたくさん読んだくらいでは、伝記にはなりません!」(笑)

April 11, 2018

桜井さんは、キャンサー・ソリューションズという会社の代表取締役、つまりしゃちょーさんである。


キャンサー・ソリューションズ。
文字通り、がんの課題を解決していこうぜ!と、がん患者の就労支援や啓発のためのイベント開催、がん教育プログラムの提供などなど、幅広い活動から、がんに関する啓発と情報発信を行う会社だ。


桜井さんは設計事務所でバリバリ働く37歳のときに乳がんが見つかった。

その経験からキャンサー・ソリューションズを立ち上げた。

『あのひとががんになったら』は、自身の経験を踏まえ、でも独りよがりならぬ「がん患者よがり」にならない、客観的なデータを交えた情報提供と、がん患者とその周りにいる人たちにとって「こんな情報がほしかったのよ!」とかゆいところに手が届くような情報提供が、ほんわかあたたかい語り口でなされていて、さすが桜井さん、と思う。

がん関連の本や情報には、がん告知を受けて、こころもからだも不安だらけのがん患者さんやその周りにいる人にとって、「百害あって一利なし」というものも少なくない、というのが残念ながら現状だ。ある段階では有効だけれど、まだ受け入れられる段階でない情報というものも多分ある。

でもこの本なら、どんな状況にある、どんな人にの心にも寄り添って、がんと適切に向き合うためのヒントを授けてくれるのではないだろうか。


あの人ががんになったときだけでなく、

あなたががんになったときにも、
そして、まだがんとは無関係と思っているあなたにもおすすめしたい一冊。



 

April 10, 2018

文科省の「多様な新ニーズに対応する「がん専門医療人材(がんプロフェッショナル)養成プラン」に採択され、平成30年度より国際医療福祉大学大学院もコースを開講したという。

「ライフステージに対応したがんプロフェッショナル多職種協働人材育成コース」と「ゲノム解析医療・希少がん診療に精通した医療者育成コース(インテンシブ)の2コース。

要請する人材像が「多職種協働による機能的なチームを作り、ライフステージに対応したがん治療にあたり、患者支援、家族、支援者支援、グリーフ・ケア、ターミナルケアまでの広範な対応ができる専門医療職」とあったので、てっきり対象は医療従事者かと思いきや、なんと本大学院の修士・博士課程の学生であれば履修できるという。
(が、ゲノムのほうは基本的に博士課程)

がんプロフェッショナル、毎週土曜朝9時に赤坂というのはかなりハードルが高いのだけれど、がんは私の大きなライフワークテーマのひとつ。

履修しないわけにはいかないよなぁ。
が、毎週土曜に授業となると、夫負担の増加は避けられない・・・(-_-;)
 

April 9, 2018

娘ちゃんは小学2年生になった。
ぴかぴかの1年生になったかと思ったら、あっという間に2年生。

月日が過ぎるのは、はやい。

娘ちゃんの学校には自学ノートといって、自分で自習勉強しましょうというのがある。

強制ではなく、推奨(笑)

娘ちゃんのノートをたまにパラリとめくると、言葉あつめとか絵日記とか模写とか、いわゆる「お勉強」感はひじょーに薄いのだけれど、たまにおもしろいこと書いていたりして、ひとりこっそりウケている。

昨日ノートをこっそりのぞいてみたら、「大きくなったらなりたいこと」が書かれていた。


7つなりたいものがあって、そのうち4つは医療系。


誤)りがくりょほうし → 正)りがくりょうほうし 
なんて思わず、脳内で赤を入れる(笑)

しんりょうほうしゃせんぎし、って!
いったいどこでそんな言葉を覚えてきたんだろう?

この7つのうちのどれかになりたいです、と書いてあったけれど、なにも1つに絞ることはない。

パン屋さんで診療放射線技師。
画家で看護師。
美容師で薬剤師で、美容院と薬局経営してますというのだってありかもしれない。

彼女たちが大人になった頃の世界は正直うまく思い描けない。

ただ、ネガティブ要素満載・ディストピアな未来ではなく、アカルイ未来へ向かってほしいから、そうなるためにはいまどんな手が打てるのだろうとは、四六時中考えている。

医療が生活とつながっているものであるということ、患者さんにとって医療は日常の延長線上にあるという、「生活」視点を失わない医療職がスタンダードになれば、「必要悪」とされる身体拘束もポリファーマシーも含めた過剰な医療提供も・・・「あれ?なんでそんなもの必要だったんだっけ?」と誰もが不思議に思う過去の遺物になるに違いない。

そうした意味でも、医療職で美容師とか医療職でパン屋とかっていうのは、悪くないんじゃあなかろうかと思う。

どんな未来がやってくるのかはわからないけれど、「○○会社の○○です」と、ひとつのコミュニティだけに属して生きるというよりは、○○で△△で□□で・・・といくつものコミュニティに属して、いくつもの肩書きを持っているというあり方が、いまよりもっとスタンダードになっているだろうとは思う。

娘ちゃんたちがなりたいものになって、豊かな人生を歩めるような未来は、いま大人である私たちにかかっている。と、同時に、娘ちゃんた...

April 8, 2018

ともに国際医療福祉大学大学院の医療福祉ジャーナリズム専攻でのまなびをスタートする仲間たちは、私も含め7名。

よって、私たちの師であるゆきさんこと大熊由紀子さんは「七福神(七人の侍)」と呼ぶ(笑)

七福神は、患者団体、保健師、管理栄養士、ケアマネ、障害者支援事業所の経営者・・・と現場の人ばかり。

共通するのは、現場体験から見えてきた問いがあり、それに対する解を導き出し、社会に一石を投じたいというこころざし。

「この仲間に出会えただけでもこの大学院に入ってよかった」と、みな異口同音に語るけれど、私も本当にそう思う。

この大学院でよいのか、このタイミングでよいのか、いろいろぐるぐるしていた時期もあったけれど、えいやっと決断してよかった。
一歩先に駒を進めることができてよかった。


近年さかんにチーム医療とか多職種連携とか声高に叫ばれているけれど、ライターというのもクライアントさんがいて、編集者がいて、ある意味チームだし、そもそも多職種連携が求められる職業でもあるのだけれど、一人で書いている時間のほうが圧倒的に長く、結構孤独でもある。

最近はネット上で仕事が来て、直接顔合わせしないまま、納品までが終わることもたまにある。つまり、ほかのチームメンバーの顔が見えない。

また、この文脈とは別に、ライターとしてほかの人と組んでなにかやるというよりは、一匹狼でやってきたところもあり、そろそろいろんな意味で「仲間」がほしくなってきたというのも、大学院を後押しした一因かもしれない。

テーマはそれぞれに異なっていて、決して同じ方向だけを向いているのではない。

でも、いてくれることが心強い。
そんな仲間になれそうな気がして、ワクワクする。

七福神でこれから一緒に学んでいけることは、純粋にワクワクする。

 

April 7, 2018

昨日は国際医療福祉大学大学院の入学式でした。
医療福祉ジャーナリズム学が私の専攻。

全体としては、全国に7キャンパスがあるマンモス校ですが、この4月から赤坂小学校跡地に新しくオープンした赤坂キャンパスは、学生・院生併せて400名強。

しかも学部生より院生が多い!
というのも、社会人にやさしいカリキュラムの組み方になっているため、大学院は社会人学生がほとんどなのである。

かくゆう私も指導教官であるゆきさんこと大熊由紀子さんに師事したい!というのが第一義とはいえ、この大学院にする決め手となったのが、必要単位授業のほとんどをWEB受講が可能であるという点。

年少さんと2年生という小さな子どもを抱えて、仕事もしながら、大学院へ行くことを考えた時、選択肢は限られるけれど、選択肢がでてきたということはありがたい。

そして、医療福祉ジャーナリズム学という、ここでしか学べないことがあったことも大きい。

ジャーナリズムの言語と研究論文の言語。
ゆきさん始め教授陣も「先行研究が大事だというけれどそれにとらわれず、型にはまらず」と異口同音におっしゃる一方、入学式のオリエンテーションでは「研究論文はエッセイやレポートではない。形式にのっとって書かなくてはならない」とのことで、医療福祉ジャーナリズム専攻が置かれたビミョーな立ち位置を入学式で垣間見たような気も(笑)

ちなみにレポートが自分にとって関心のある問いに基づくものだとすれば、論文は関心を共有する人々全般にとって意義のある問いであり、分かれ目は問いの意義を示せるかどうかにあるという。つまり、独りよがりにならず、他者から見て価値のある論文であるか。

20年前位にいちおう研究者を目指して院生していた身としては、そんなのあったりまえじゃーん!とツッコミを入れたくなる内容でもあったのだけれど、ジャーナリズムの息づかいを失うことなく、アカデミックライティングを行うというのは、結構チャレンジングなことなのかもね、とも思う。

俄然現場が好きだし、フィールドワーク派なんだけれども、先行研究調べまくってというのもそれなりに楽しめるので、医療福祉ジャーナリズム学からも「形式」にのっとりながらもこれがジャーナリズム学である!というような論文の言語を見つけて、「これでどうだ!」と提示したいとひそかな野心。


オリエンテーションの最中手引きを読んでい...

April 6, 2018

パートナーというのは、相対価値ではなくて絶対価値だ。

だから他人がどう思おうと、傍からどう見えようと、アルコール中毒だとか多額の借金抱えていて、かつ状況の改善は見られないとか、よっほどの禁忌がある場合は別として、本人がよければそれでいい、と思う。

たとえばわが夫なんて、まだ付き合っていた頃、友人たちに「ありでもないけどないでもないよ」と微妙な評価をされていた。要は、「うーん!まぁ、ないね」である。

30歳を過ぎた頃、夫の独身寮に乗り込み(?)、「私と結婚をするといかに素敵なことが起こるか」をプレゼンし、さらには「専業主夫」を確約したらしいことは遠く記憶の彼方であるが、「生物として子どもを産む期限が迫っている。子どもを産むという人生経験をするか否かはともかくとして、するならば、逆算してそろそろ結婚する必要がある」的なことを淡々と語ったような気はしなくもない。


ロマンの欠片もないけれど、すべてのカップルにロマンが必要なわけでもない。

おそらく勢いにのみこまれるかたちで婚姻届が提出され、公的に認定されたカップルが一組誕生。一応写真は撮ったものの、結婚式もしていなければ、ウエディングドレスも着ていない。人生で一番の主役になれるらしい一日に、あまりにも興味がなさすぎた。

結婚して社宅に入ったら、専業主婦が多くてびっくりした。出身が遠方で近くにサポートしてくれる親がいるわけでもない、夫の帰宅は毎日深夜、平日は実質シングルマザー状態ではさもありなんと思うが、そんな中でもずーっと仕事をほそぼそとでも続けてこられたのは、そももそも仕事を辞めるという発想がなかったのが第一だけれど、「いつになったら僕を専業主夫にしてくれるんですか」と、日々夫にはっぱをかけられ続けているのも大きい。

金は天下の回りもの、宵越しの金は持たねぇ!と九州出身のくせに江戸っ子気質の私に対し、生まれも育ちも江戸なのになにわの商人のようなケチと紙一重の倹約家(決してケチではなく、必要と思えば気前よくポンっと出せるところがニクい)である夫。オーガニック病の悲しい性で、ついオーサワのそこそこ高い醤油を買えば、すかさず「キッコーマンの醤油ではなく、オーサワの醤油でなければならない理由はなんですか」というツッコミが入っていた。ある時、「オーサワの醤油だと私はおいしく料理ができる」というエビデンスのない理論を展開したら...

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September 22, 2018

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医療福祉ライター今村美都のブログ

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